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お友達にもらった黄色い菊、

何という名前でしょう。

ガラスのポットに生けて、母のカンタベリーチェアに。






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# by kiyoko_ki | 2017-11-12 13:33 | 生け花 | Comments(0)

俳句のノートと歳時記

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俳句の手ほどきを受けてから、使い始めたノートと電子辞書。

ノートには丸5年分の俳句、480句ほどが清書してあります。

何故かぴったり、ちょうど使い切って、俳句の会を退会。


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文庫本の歳時記は、けっこう古びて来ました。

地元の俳句の会には通っています。

最近は、ネットで投句出来るところに
投句してみたりもしています。

もっと、どんどん句作していかないとなのですが、

俳句を読むこともしていかないとな、と。

それで読んだら、
好きな俳句なども、またご紹介出来ればと思っています。






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# by kiyoko_ki | 2017-11-11 18:10 | 俳句 | Comments(0)

ヤブサメ

南からの贈り物


ヤブサメ


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 屋久島の早春、木の芽流しが始まる。タブノキは赤い葉を、ハマビワは銀白色の葉を広げ始める。そんな照葉樹林の木々の芽吹きの時期の雨を、屋久島では木の芽流しと呼ぶ。


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 木の芽流しが続いた、湿潤で生暖かなある雨上がりの朝、しばらくぶりにベランダに洗濯物を干していると、モッチョム岳の麓にある家の、庭の横に流れる小さな川の向こうの藪より、シシシシシと声が聞こえて来る。ヤブサメの囀りだ。そのシシシシシは虫の声のようにも聞こえるが、尻上がりに調子の上がって行く囀りを聞いていると、耳にする嬉しさが込み上げて来る。
 ヤブサメは、ウグイスの仲間だ。藪の地面近くに潜んでいるようだった。川向こうということもあり、姿を目にすることは無かった。が、その囀りを聞くだけで、見たことは無いが、愛着が沸くのだった。
 ヤブサメは、夏鳥として、東南アジアなどより、日本に飛来するそうである。早くも屋久島の木の芽流しの頃、里で聞かれた囀りは、夏には屋久島の標高の高い山で聞かれるという。そんな頃には、日本の各地の山や藪などで聞かれることであろう。
 屋久島より移り住んで来た、今の指宿の家は、住宅街の一角にある。車で十分程出かけた林で、昨年の夏のいつ頃であったか、ヤブサメの囀りを聞けた。しみじみ懐かしかった。あの屋久島の朝の思い出が蘇った。
 夫が、「ヤブサメは高尾山でも聞けたね。」と言う。そうだったっけ、私は記憶の糸を手繰り寄せる。生まれ育った東京で、夫と出会ってからは、共に中央線に乗って、高尾山によく通った。ヤブサメの囀りの聞こえたのは、渓流沿いの六号路であろうか、四号路の吊り橋のあたりだったであろうか、それとも日影沢であったろうか。考えを巡らせていると、そう、確かに、高尾山でヤブサメを聞いていたのだなと思えて来るのだった。それを初めて聞いたのは、やはり、高尾山においてであろう。その時、それがヤブサメという鳥であるということを、夫に教えてもらったに違いない。私は、ヤブサメの囀りが好きになった。それが、東京より屋久島に移住して、家のベランダから聞けた時は、とても嬉しかったのだ。屋久島の日々を重ねるうちに、東京の高尾山でのヤブサメの囀りの記憶が、ちょっと遠のいていたのかもしれない。
 もう指宿でも、ヤブサメの囀りが聞ける頃だろうか。囀りを聞くにはやはり朝がいいだろうか。朝、書斎にこもっている夫は出かけようとしないので、そうだ、私一人、歩いて近くの魚見岳に行ってみようかしらと思い付く。あそこならば、ヤブサメも居るに違いない。魚見岳は、時には砂州で繋がる知林ヶ島や、開聞岳や、桜島も望める小高い山だ。


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 ウグイスなどとは違って、住宅街の庭などには現れないヤブサメである。たとえば山道を降りながら、その囀りを耳にするのが夕暮れ時であったらどうであろうか。

  やぶさめや漸くにして里曲の灯      木津柳芽

 暗くなりかけた山道にあって、その囀りが続くばかりでは心許ない。やっと人里の灯の見える場所に出て、安堵の気配がうかがえる。
 ところで、ヤブサメの囀りは高周波なので、年齢を重ねて来ると、その囀りが聞こえなくなる人もあるらしい。実は、このエッセイを執筆途中に、急に母を亡くした。母はとても元気な人であったが、少し耳が遠くなりかけていた。ヤブサメの囀りは、母には聞こえなくなっていたかもしれない。
 私より一回り年上の夫も、「清子がヤブサメの声がすると言うのに、それが私には聞こえないという時が来るのだろうか。」と呟く。そんな日も、いつか来ることもあるだろうか。が、それまでまだ、もうしばらくはあるだろう。遺された私と夫で、仲良く元気に暮らして行こうと思う。その思いを、亡き母に伝えたい。

(2015年5月5日発行、季刊俳句同人誌「晶」12号に掲載)







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# by kiyoko_ki | 2017-11-10 11:13 | 南からの贈り物 | Comments(3)