<   2017年 11月 ( 22 )   > この月の画像一覧

トマトで

d0156557_13405267.jpeg


昨日、美味しくなかったので残しちゃったトマト。

今朝、それで、トマトマスクをしてみました。

ま、綺麗になれたかは謎ですが。


肌断食を始めてから一週間。

昨日は、
スキンケア何もしないと、
何かつまんないなと、ちょっと顔に塗っちゃたんですが、

今朝はトマトマスクのあとはスキンケアしていません。






[PR]
by kiyoko_ki | 2017-11-30 13:51 | スキンケア・お洒落 | Comments(0)

ポタージュ

d0156557_09031417.jpeg



夫が風邪をひいたので、

温かいものがいいねって、ポタージュを作りました。

一昨日はお芋のポタージュ。

昨日はかぼちゃのポタージュ。






[PR]
by kiyoko_ki | 2017-11-27 09:05 | 料理 | Comments(2)

石蕗

南からの贈り物


石蕗


d0156557_11360949.jpeg


 石蕗の俳句に、暗い印象のものも多いのが、私にとっては意外だ。
 私のよく見知った、鹿児島の屋久島や、今住んでいる指宿近郊の、石蕗の一面に咲くその明るさは眩しいばかりだ。確かに、東京に住んでいた頃、実家の玄関脇に植えられていた石蕗は、咲いたかどうかも記憶に怪しいくらいであったが、そういうほんの少し植えられたものと、南国の地に群生してのびのびと咲くものとでは、人に与える印象もとんでもなく違うものなのだろう。
 海鳴りの響く日溜りで咲く石蕗なども、実に明るい気持ちにさせてくれるものである。そして、こんな句の心情がよくわかるのだ。

  石蕗咲くや心魅かるる人とゐて        清崎敏郎

 以前住んだ、屋久島の家の周りでは、石蕗がたくさん、見事に咲いた。周り中黄色くなって、温かな気分に包まれたものである。その黄色は幸せの色だとも思った。
 花は切り花にしても長持ちはせず、咲いているままを楽しむのが一番だった。
 屋久島の北の方より咲き始め、やがて島の南の方にも咲くようになると、島をぐるっと一周出来る県道に車を走らせる時など、島中が黄色く染まったような感じさえした。


d0156557_11362673.jpeg


 石蕗は、食材としても人気があった。
 私は、当時、美容院ではなく床屋に通っていたのだが、そこのお姉さんが、春先になるといつも私に尋ねた。つわはもう炊いたかと。
 お姉さんは辛口の話が面白い人だった。そして、何より集落の情報には長けていて、いろいろな話を聞かせてくれた。引っ越して来て最初の正月明けには、今日は、家に祝い申そうが来る日だから、祝い申そうを謡ってもらったら、ご祝儀をあげて、お酒を振る舞うんだよと教えてくれた。それを教えてもらうまで、そんなものが家に来るなんて、全く知らなかった。お姉さんは面倒見のいい人でもあったのだ。 
 さて、話は石蕗だ。
 床屋のお姉さんだけではない。集落で出会う顔見知りのお姉さん達に、口々に、もうつわは炊いたか、食べたかと聞かれるのであった。
 石蕗の若葉が出かけているくらいのものの、根元のほうの茎をぽきっと折る。葉はむしり、茎の皮をすうー、すうーっと剥いていく。そんな作業を続けると、爪が真っ黒になる。水に漬けてあく抜きを少しする。


d0156557_11282196.jpeg


 その季節には、家の周りでも、散歩に出かけても、つわを取る人の姿が見かけられた。そして気が付くと、私も散歩の最中に、石蕗の若葉を見つけると通り過ぎることが出来ずに、一本、また一本と、歩きながら手にして行くのだった。
 きっとお姉さん達は、鹿児島の甘い味付けで煮物に入れたりするのだろう。私は、あっさり煮てすりごまを散らしたりしてみたが、優しい野の幸といった感じで、それも美味しかった。
 隣の集落の市の、知らないおばちゃんとの立ち話では、若葉を天ぷらにしても美味しいと教えてもらったこともある。庭やご近所からなどのさつまいも、山芋、さやえんどうと人参としめじ、三つ葉、蓬、それらと共に、石蕗の若葉の天ぷらを揚げたが、ほのかな苦味と香りが美味しかった。これも、なかなか乙なものだった。
 今の指宿の家の庭にも石蕗があるのだが、それを食べないのかと聞かれることもある。私はまだ、こちらの庭のは食べたことがないのだ。最近知り合った奄美大島出身の人も、我が家の石蕗を見て、奄美でよく食べていたことを話してくれた。
 春先には、スーパーの地元野菜のコーナーに石蕗の茎が並ぶこともある。
 あたり一面、何処でも取り放題の屋久島だったが、指宿近郊の公園では、次のような看板も立つ。
 「ここのつわぶきは観賞用なので取らないでください。」
 これには笑ってしまう。花としても、食材としても、愛される石蕗である。

(2015年11月5日発行、季刊俳句同人誌「晶」14号に掲載)






[PR]
by kiyoko_ki | 2017-11-23 11:37 | 南からの贈り物 | Comments(0)

開聞岳とススキと

d0156557_10513996.jpeg


夫が、この道は開聞岳がよく見えるでしょうと。

ススキが光って、

冬の雲が広がっていた。






[PR]
by kiyoko_ki | 2017-11-22 10:53 | 風景 | Comments(0)

アーユルヴェーダの本

d0156557_18101113.jpeg


今日、出先で買ったカーネーション200円。

それと、今日届いたアーユルヴェーダの本。

簡単なものは、Kindle の本を持っているのですが、
紙の本を読みたく。

そしてもう少し詳しい本を買いました。




[PR]
by kiyoko_ki | 2017-11-21 18:19 | エトセトラ | Comments(0)

ろうそく

d0156557_20043490.jpeg


久しぶりに、ろうそくを灯してみました。

音楽は、

Crystal Singing Bowl Solo Collection

RAURA

一曲目は、Candle Meditation






[PR]
by kiyoko_ki | 2017-11-20 20:06 | エトセトラ | Comments(0)

リンドウ

d0156557_16123725.jpeg


リンドウを見に行きました。

草刈りをするところなので、丈が短いです。


竜胆をみる眼かへすや露の中    飯田蛇笏






[PR]
by kiyoko_ki | 2017-11-18 16:18 | 野生植物 | Comments(0)

ホワイトサポテとレモン

寒いですね!

我が家も炬燵です。


d0156557_11073581.jpeg



d0156557_11075293.jpeg


うちのホワイトサポテという果物です。

見かけが悪いのですが、
とても甘くプリンみたいです。

たくさんなるのでご近所さんに差し上げました。


d0156557_11122585.jpeg


そうしたら、お庭のレモンをいただきました。

嬉しい! ありがとうございます。






[PR]
by kiyoko_ki | 2017-11-17 11:19 | 野菜果物ハーブ | Comments(0)

柚子を買いました

d0156557_10280298.jpeg


柚子を買いました。

メルカリで買いました・笑。







[PR]
by kiyoko_ki | 2017-11-16 10:33 | 野菜果物ハーブ | Comments(0)

幻のたこぶね

南からの贈り物


幻のたこぶね


d0156557_14244941.jpeg


 岬まで行ってみるけれども一緒に行くかと、夫が聞いて来た。
 亡くなった母の物など片付いていないので、出かけるのもあまり気が進まないが、家に閉じこもってばかりいるのも良くないだろう。それで薦められるまま、出かけてみることにした。と言っても、家から車で五分である。
 夫は見たい植物があるのだと言う。私は浜辺を歩くことにした。
 風も無く、海は穏やかだった。浜は潮がだんだん引いて来る時刻だったようで、打ち上げられた貝殻や海藻などが続いているのが列をなしている。波が静かに打ち寄せる波打ち際が気持ちが良い。裸足になって、波打ち際をたまに海水に足を浸けながら、岬の先端へ向けてゆっくりと歩いて行った。


d0156557_14252884.jpeg


 だいぶ歩いた頃、濡れた砂の上に、面白い物を見つけた。それは蛸のようだが、貝殻を背負っている。もう生きてはいないようだったし、大事に持ち帰ることにした。だいぶ離れてしまった夫の居る場所まで向かった。夫は、ハマゴウやテリハノイバラやハマヒルガオのある浜の奥で、お目当てのハマボウフウの写真を撮っているのだった。私は、その蛸を差し出してみせた。
 「たこぶねかな、かいだこかな。面白い物を拾ったね。」と、ビニール袋を出してくれた。夫のカメラバックには、いつもビニール袋が用意されている。それは、植物の果実や種を入れる為であったり、貝殻を入れる為であったりした。
 家に戻って、図鑑などで調べる前に、リンドバーグ夫人の『海からの贈物』を広げてみた。それにたこぶねは載っていた。

 浜辺で見られる世界の住人の中に、稀にしか出会わない、珍しいのがいて、たこぶねはその貝と少しも結び付いていない。貝は実際は、子供のための揺籃であって、母のたこぶねはこれを抱えて海の表面に浮び上がり、そこで卵が孵って、子供たちは泳ぎ去り、母のたこぶねは貝を捨て新しい生活を始める。(『海からの贈物』「たこぶね」リンドバーグ夫人、吉田健一訳)

 が、後日、図鑑などよく調べてみて、それはたこぶねではなく、似た種類のアオイガイ、別名かいだこのほうであることがわかった。背負っている貝殻が少し違っていて、しかし、生態は似たようなものであるらしい。
 幻のたこぶねではあったが、それらの母性を思う時、亡くなった母のことにも考えが及ぶ。
 実家に長らく居座っていた私が、ようやく遅くに結婚し、母は肩の荷を降ろしたようであった。
 しばらくして、東京を離れ田舎暮らしを始めた夫と私であったが、両親は同じ九州でも、二人の生まれ故郷の福岡に東京より戻って暮らすことを選んだ。父が亡き後、母は福岡の都会でのマンションの気ままな一人暮らしを好んだ。
 母は、周りの人にいつも、ピンピンコロリで逝くのよと言っていたそうである。また、私に迷惑をかけてはいけないとも言っていたようである。それで、少しばかりの老いはあったものの、本当に誰にも迷惑をかけることなく、亡くなる前日まで元気でいてくれた。
 久し振りに会った年末年始、母の足の爪が伸びているのに気が付いて切ってあげた。膝が曲げにくくなっていたので、自分で切りずらかったようだ。娘に足の爪を切ってもらうようになるとは思ってもみなかったと、母は言った。それが、母との最後の思い出の一齣となった。


d0156557_14262734.jpeg


 さて、持ち帰ったかいだこだが、写真を撮ったあと、蛸のほうは、顔見知りの猫に見つかって、それはそれは美味しそうに食べられてしまった。それは、海の物を土に返すよりも、よっぽど良かったに違いない。


d0156557_14264574.jpeg


 残された貝殻は美しい。光に透かせて、その繊細な襞の織りなす影に見惚れる。が、もっと稀なるたこぶねも、いつか出会える時があるだろうか。それは、生涯に一度あったとしたらとても幸運だ。浜辺歩きに、幻も求めてみようか。

(2015年8月5日発行、季刊俳句同人誌「晶」13号に掲載)






[PR]
by kiyoko_ki | 2017-11-15 14:41 | 南からの贈り物 | Comments(2)